積極的にメモっていく姿勢

題名詐欺。更新頻度の低さが売り。

イベントの二回目開催に改善を押し込もうとして絶望するのをやめませんか

この記事では,技術系カンファレンスや技術系勉強会などの「技術系の知見を学ぶことのできる空間」をイベントと呼びます.
 

一回目開催はゼロイチなので満足多め

大体一回目のイベントは伝説だとか持ち上げられることも多く,運営勢のやる気が満ちやすい傾向にあります.たとえ参加者が 0 人だったとしても,運営した本人には学びがあるわけで,無力感に打ちひしがれるのは回数を重ねてからのことでしょう.
 
体感,思い描いていたことを 10 として,第一回イベントにおいては,実際にできたことが 7 くらい,形にできなかったことが 3 くらい,そして,よくも悪くも思ってもみなかったことになったのが 5 くらいヌッと顔を出してきます.実際やってみた方はどうですか? 10 だと思ったものが 15 になって,困惑した経験はありませんか? もちろん準備にかけた時間の度合いや過去の経験量に左右されるため,この限りではありませんが.
 
強いて言えば,若ければ形にできなかったことが,準備不足だとよくも悪くも思ってみなかったことになったことが,それぞれ大きくなる傾向にあるかなとも感じています.それでも,参加者にとびきりの強い主張を持った人が現れたなどすると,悪い方向で思ってもみないことが増えることもあるので,なんとも言えませんね.
 

なんとか形にしてきた過程を過小評価しすぎ

特に第一回イベントとなると必死にわからない中で,賭けのような気持ちでたくさんの判断をしていかなければなりません.そうした覚悟に支えられた結果は,それ自体に注目が集まってしまい,これ自体の改善をしたい気持ちが湧いてきます.何せ先の数字で言えば,元々 10 だと思っていたのに枠が増えた上, 8 をできなかったことと思いもしないことが占めているわけですから,自己評価は自ずと低くなりがちです.
 
特に参加者には,それまでの過酷な判断をたくさん乗り越えてきた過程は見えていないことも多いですし,フィードバックなんかをもらってしまうと,結果ばかりに気づきやアイディアが固まってしまい,運営もそれに流されてしまいがちです.本当にできるかどうかを想像する力は,運営をしたことのない人には備わっていないことがほとんどです.
 
その状態で,第二回イベントでこの結果に手をつけようとすると,またしても賭けのような気持ちで判断しなければならないことにぶつかります.しかも,一回目の直感多めの判断より,よくわからない "理知的っぽい" 謎の判断を下した結果,まぁーおもんないことになることも少なくありません.さらに,参加者も運営もゼロからの第一回を目の当たりにしているため,どうもその体験に引きずられて,フラットに見るといいチャレンジだったのに微妙に感じてしまうなど,世の中は理不尽に溢れています.
 

過程の改善が先,結果の改善は後

第二回目イベントを筆頭に,ある程度の回数を重ねるまでのイベントでは,結果の変化に手をつけないほうがいいでしょう.第一回イベントの形式的な再現に集中することで完成度が高まり,運営の無力感が湧き立つことを抑えられますし,同じことを繰り返すことによる熟練度の高まりも実感できます.
 
そうすれば,同じ会で変わり映えがしないのにもかかわらず,参加者の学びの満足度も高まっていくはずです.そうして,第一回イベントでできていたと思っていたことは,きちんとできるレベルには達していなかった,ということに気づくのです.再現できるようになってから結果に手をつけないと,毎度まぐれあたりになってしまい,誰も幸せになりません.
 
ちょっと横道にそれますが,ここで一つ注意しておきます.第一回イベントのゼロからイチへの変化そのものがねらいでイベントに参加している人は,第二回イベントでも同じくらいの変化量を求めてくることがあります.ただ,学びの空間を作ることが目的であることを考えると,変化のエンターテイメントを提供し続けることは,運営の責務の範囲外にありますから,この人たちの提案は概ね無視していいのかなという気持ちです.
 
学びの空間はみんなでつくるものですから,お客様的なスタンスの人がいるだけで簡単に壊れてしまいます.そういった人を作ってしまわない運営の姿勢も大事です.
 

むすびに

自分が技術系勉強会をやりはじめてから数えると,干支は二周目に突入しており,自分の中では当たり前になってしまっていることも多いな,と反省してこの記事を書きました.1 月にあった phpcondo でもそうでしたし,現在準備進行中の 7 月に開催する TechRAMEN 2024 Conference でも自分の思想を説明のないままに受け入れてもらっているなと感じている中で,こういうのを文字にするのも大事かなとようやく筆を進めたのでありました.
 
思想を形で表現するのはまぁやればいいだけなので比較的簡単ですが,どう頑張っても情報が欠落してしまう文字情報での表現は怖いところがありますね.これもひたすら修行なんでしょうけれども......