PHP カンファレンス小田原 2026 をきっかけに調べたことをまとめます.参加記は別記事にしましたので,以下にリンクしておきます.
なお,本記事は公開情報を調べてまとめたもので,自分は請願や検討会の関係者ではありません.理解の誤りや古い情報が含まれているかもしれない点は,あらかじめご了承ください.
OSS への貢献に関するドイツでの請願
PHP カンファレンス 小田原 2026 の基調講演は PHPUnit の作者である Sebastian Bergmann さんによるお話でした.自分は PHP エンジニアではありませんが,PHPUnit には Claude Code でものを作るときにお世話になっています.基調講演を聴くにあたって,Bergmann さんのいろいろな活動を Web で調べました.そこからいろいろ辿っていくと,ドイツの情報処理学会にあたる Gesellschaft für Informatik(GI)の OSS 関係の活動に行き当たりました.
Bergmann さんは,GI の Arbeitskreis Open Source Software(AK OSS)で選出された代表者の一人のようです.運営ページの代表者一覧にも,選挙で選ばれた一人として掲載されています.この作業部会は GI の Softwaretechnik*1部門に属し,OSS をはじめ,オープンなハードウェアやデータに関する情報発信,イベント,交流などに取り組んでいるそうです.今回の中心話題はここから辿って見つけたものです.
ドイツ国内では現在,OSS 活動をボランティア(Ehrenamt,エーレンアムト)*2として法的に認めてほしいと求める,請願活動が広がっています.発起人の Boris Hinzer さんが 2025 年 11 月 24 日(ドイツ時間)に openPetition で立ち上げた「Anerkennung von Open-Source-Arbeit als Ehrenamt in Deutschland」*3の署名活動で,目標は 30,000 筆です.署名期間は,2026 年 11 月 23 日(ドイツ時間)までです.提出先には,ドイツ連邦議会(Bundestag)の請願委員会が指定されています.
このブログを書いている 2026 年 8 月 時点で,ドイツ国内の署名が 15,000 筆あまり集まっています.目標の 30,000 筆はドイツ国内分を対象とした基準のようです.あと 3 ヶ月で今までと同じだけの支持が必要だと見ると,さらに勢いよく支持を集める必要がありそうです.
キャンペーンサイトの ehrenamt-opensource.de は TYPO3 で作られているようです.TYPO3 は PHP で書かれた OSS の CMS で,OSS の意義を訴える請願のサイトが,その成果物である OSS で動作しており,このあたりは徹底されているなと感じました.
日本語では,2025 年末に GIGAZINE がこの請願を紹介しています.
サイト自体はドイツ語と英語の 2 言語ですが,openPetition 上の請願文はドイツ語,英語,フランス語,スペイン語の 4 言語で用意されています.2025 年 12 月 4 日の更新では,英語版は Hennig Lammert さんの翻訳で,当時はスペイン語版も翻訳中だったことが紹介されています.2026 年 2 月までにはフランス語版を含む 4 言語となっています.翻訳言語をこの 4 言語にした理由や,フランス語版やスペイン語版の詳しい成立過程は見つけられませんでした.
議論を追える公開の場としては,ドイツの行政に関するオープンソース開発プラットフォーム openCode のフォーラムや,AK OSS の公開のメーリングリストがあるようです.翻訳のやりとりは,個人あての連絡でやりとりした可能性もあるので,見つからなくても不思議はないか,と納得しました(自分が見つけられてないだけかもしれませんが🤔).
Ehrenamt と Verein を理解するとよさそう
正直,最初調べた段階でぼくが想像したことと実態は全然違ったので,ドイツの Ehrenamt の文化を知らずして,この請願が求めることを理解するのは無理そう...... という結論に至りました.というのも,日本のボランティアとドイツの Ehrenamt はまあまあ違うところがあるため,直感で日本文化から推測するのも難しかったためです.
Ehrenamt は「名誉職」とも訳され,無償または薄謝で公益的な活動を担う市民のはたらきを広く指すようです.厳密に一つの法律用語として定義されているわけではないようです.消防や救助,スポーツ,文化や音楽,福祉など,社会のさまざまな場面を企業ではない,市民の自発的活動が支えており,この活動を Ehrenamt というようです.日本だと,消防団や地域コミュニティのボランティアが近いのかなと理解しました.
Verein や e.V. と呼ばれる集団があり,これらの活動の主体となっているようです.日本で置き換えると Verein は集まり全般(任意団体,サークルとか),e.V. は法人格をもつ団体(一般社団法人など)にあたると思います.地域の技術コミュニティで法人格を持たなければ単なる Verein,法人格をつくってカンファレンスなんかをやる団体は e.V. ということでしょうか.
www.young-germany.jp
ドイツ国内を対象とした,自発的な活動に関する全国規模の調査である Freiwilligensurvey によると,2019 年に 14 歳以上の 39.7%が,Verein やプロジェクト,社会施設などで何らかの自発的活動に参加していると書かれています.
de.wikipedia.org
市民活動をまず民間が担い,手に負えない部分を公的機関が引き取る.こうした補完性の原理が背景にあると書かれている資料も見つかりました.全部が全部を国や自治体がやるわけにもいかないし,全部企業に任せるわけにもいかず,市民の自発的な行動で補うのがベストである領域があることは,体感でもよくわかります.
また,歴史的背景としてドイツには 2011 年まで兵役があったことも関係しているようです.兵役に心理的障壁を持つ人たちが,福祉や医療関係に従事することで兵役の義務を果たしたとする制度 Zivildienst で従事する先も Ehrenamt にあたる活動をする e.V. であり, 今の完全自発の活動ではない時期もあったようです.
兵役の終了とともに Zivildienst も終了するため,Ehrenamt に参画する人数が減ることは想像に難くはありません.これが社会問題として扱われたり,昨今の事情を鑑みて,兵役やそれに関係する制度を復活させるべきであるという議論が起こったりなど,これはこれで大変そうです.
www.dw.com
請願が求めていること
ドイツではこの Ehrenamt を国の制度で支えているようです.公益と認められた団体や,大学や自治体のような公法上の法人が活動手当を支払うとき,一定額までを非課税にする枠が用意されています.
日本だと非営利団体や,非営利型の法人であることを必要な手続きを経て申請した一般社団法人がこれに該当するかと思います.完全に推測になりますが,地域の技術カンファレンスを行なうための委員会や事務局として一般社団法人となっているところは,利益が出るような活動をしていないので,多くは非営利型であることを示すための努力をしているのかなと思います.
これらの制度は,適格な公法上の法人や公益団体のために行う一定の副業的活動について,そこから受け取る報酬等を一定額まで非課税とする仕組みのようです.今回の請願も,OSS 開発者個人を直接優遇するわけではなくて,OSS に関する活動や組織は公益の枠組みに位置づけられ,既存の制度に該当するはずなので,現在の枠組みに OSS 活動の団体も含めてほしい旨を請願していると理解しました.
請願文では,非課税で支給できる活動手当の制度として Ehrenamtspauschale(年 960 ユーロ)*4や Übungsleiterpauschale(年 3,300 ユーロ)*5が例示されています.
後者は指導や教育など一定の活動を対象とする制度で,適用にはそれぞれの法定要件があるとのことです.このほか,OSS プロジェクトの公益認定を容易にすること,貢献者の責任面での保護,経費の精算や寄付証明書の発行なども挙げられています.
キャンペーンサイトでは GI が賛同団体として紹介されており,GI のマガジン「.inf」Frühjahr 2026 号にも記事「Commit für das Gemeinwohl – Open Source als Ehrenamt」*6が掲載されています.
そして賛同団体には The PHP Foundation も含まれています.PHPUnit の作者である Sebastian Bergmann さんを辿ってこの運動を見つけたので,実は当然なのかもなと思いました.他にも KDE,Jenkins,Vim,Inkscape など錚々たる OSS も並んでおり,有名 OSS コミュニティも賛同している様子が見て取れます.
日本のデジタル庁の検討会と OSPO
ここまで見てきたドイツの請願活動は,OSS コミュニティの側から政府へ制度の変更を求める動きです.これを見て日本の OSS と制度で思い浮かんだのは,デジタル庁の「オープンソース化・OSS 利活用に関する有識者検討会」でした.
www.digital.go.jp
こちらは行政が OSS の扱いを整理する取り組みであり,行政から各企業に向けた要望になります.この検討会は 2025 年に立ち上がっていて,官公庁の情報システム調達でのオープンソース化や OSS 利用を主な対象にしているようです.公開範囲やライセンス,知財,調達,セキュリティ,人材育成に加えて,OSPO のような組織体制も論点になっています.
OSPO は組織が OSS との関わり方を扱う機能で,企業に限らず行政や研究機関にも置かれます.独立した部署のこともあれば,部門をまたぐ仮想的なチームのこともあります.その考え方は OSPO ブックの解説が詳しいです.
OSPO については以前,少しだけ調べて,関西 PHP 勉強会の参加レポートとしてはてなブログにまとめたことがあります.
世界をよくしてきた OSS 開発者が報われてほしい
ドイツで起こった請願活動は,OSS 開発者たちの貢献を公益の観点で認めてもいいのではないか?というものでした.一方,デジタル庁の検討会は,行政の側から,OSS を調達し公開し維持するための仕組みや組織体制を考えています.
本当は両国の方針を並べて比べたかったのですが,どう調べればよいかわからず,こんな感じの小学生の調べ学習みたいな記事になりました.とはいえ,ドイツの事例も日本の事例もそれぞれ異なる立場とはいえ,OSS と社会の関係について真剣に考えている人たちがどんなことをしているかを知られたのは大きいです.
どちらも,OSS を個人の善意だけに委ねるのではなく,社会制度や組織運営のなかへどう位置づけるかを問うている点では,同じ方向を向いていると言ってもいいのかなと思いました.
実は,PHP カンファレンス小田原では Bergmann さんに質問するチャンスもありましたが,自分はドイツ語も英語もできませんので直接は質問できず,質問募集フォームに投稿をするくらいのチキンを発動してしまいました.
とはいえ PHP カンファレンス小田原をきっかけに,普段では調べもしないことに出会えたため,だいぶ満足度が高いです.
あと,読み始めて 1 秒で気づいたと思いますが,これは Claude や ChatGPT,Gemini や Google Translate などをふんだんに使って調べて,それらをまとめたものです.別に自分は,ドイツの文化や OSS の世界情勢にめちゃくちゃ詳しいとかではないので,ちゃんと知りたい方はきっちり調べられることをおすすめします.
